細胞のかたちづくり
細胞は生命の最小単位といわれますが、個々の細胞は驚くほど多様な形や機能を示します。それぞれの細胞の形はどのようにして制御されているのでしょうか?動物細胞では細胞内の細胞骨格が細胞膜に力を加えることにより細胞の形が制御されています。一方、植物細胞では細胞を覆う細胞壁が細胞の形を決定しています。細胞骨格は細胞壁の成分の沈着の仕方を制御することにより、間接的に細胞のかたちを制御しているのです。植物の体は細胞壁で覆われたブロックのような細胞が積み重なるようにしてつくられています。そのため、ひとつひとつの細胞のかたちづくりが組織や器官、さらには個体の発達にとりわけ重要です。私たちは研究の目標はこのような植物細胞のかたちづくりの仕組みを明らかにすることです。
植物細胞の細胞壁は様々な成分で構成される複雑なマトリックスです。その主成分であるセルロース微繊維はたがとなって細胞の伸長を抑制するため、その並び方が細胞の形態を決定付けます。細胞膜直下に並ぶ微小管は細胞膜中に埋め込まれたセルロース合成酵素の軌道を誘導することにより、セルロース微繊維の並び方を決定しています。これらの微小管は細胞の状態に応じてダイナミックかつ秩序立って分布を変えることにより、細胞壁の沈着パターン、さらには細胞のかたちを制御しています。微小管の位置や方向はいったいどのようにして制御されているのでしょうか?
この画像は植物細胞の表層を共焦点レーザー顕微鏡で撮影したもので、白い繊維状の構造が微小管です。この細胞では細胞長軸に垂直の方向 (transverse) に微小管が配向していますが、細胞の種類に応じて微小管は特徴的なパターンに並びます。
参考文献 (総説)
Oda 2015 Frontiers in Plant Science
道管の分化 植物の道管を構成する細胞は厚い細胞壁(二次細胞壁)を沈着し、 細胞の内容物を消化することにより中空の管となって水の通り道を作ります。 道管の二次細胞壁は均一ではなく、形成される組織に応じて環状や螺旋状、網目状、孔紋状といった特徴的なパターンに沈着します。これらの沈着パターンは、それぞれの組織に適した道管の物理的性質に寄与しています。この画像はシロイヌナズナの道管5種類を微分干渉顕微鏡で撮影し並べたもので、白く明るい部分で細胞壁が厚くなっています。それぞれの道管が特徴的な細胞壁のパターンを示しています。
参考文献(総説)
Oda and Fukuda 2012 Curr Opin Plant Biol
道管の細胞は分化する過程で劇的に微小管の並び方を変え、このような特徴的な細胞壁パターンの沈着を誘導しています。この過程を調べることにより、植物細胞のかたちづくりに重要な微小管の時空間的な制御機構に迫ることができるはずです。そこで私たちは独自の道管培養系を用い、道管分化における細胞骨格の動態とそれを時空間的に制御する分子実体を明らかにする研究を行っています。
このイラストは道管の細胞分化における微小管の配向変化とそれに伴った二次細胞壁の沈着過程を描いたものです。上段は原生木部道管に見られる環状の二次細胞壁が形成される過程、下段は後生木部道管に見られる孔紋状の二次細胞壁が形成される過程です。下段では壁孔と呼ばれる無数の道管液の通り道が道管の側面に作られます。
参考文献(総説)
Oda and Fukuda 2013 Curr Opin Plant Biol
細胞分裂 細胞のかたちづくりを理解する上で、もうひとつの重要な現象は細胞分裂です。植物細胞は細胞板で細胞を仕切ることにより分裂します。この細胞板が細胞を囲う細胞壁の一面となるため、細胞板をどこに、どの方向に入れるかが細胞の形に大きく影響します。その上、植物細胞は移動する能力を持たないため、細胞の仕切り方が組織内での細胞の配置に直結します。細胞板の形成はフラグモプラストと呼ばれる短い微小管の集合体により誘導され、その位置や向きは厳密に制御されています。私たちはこの細胞分裂における細胞骨格の時空間的な制御機構を研究しています。
主な研究成果
細胞培養系の確立 道管は植物組織の深いところに形成されるため、顕微鏡で観察したり遺伝子の機能を調べるのは困難です。 私たちはシロイヌナズナの培養細胞を用いて、フラスコの中で道管の細胞だけを培養する実験法を開発しました。この方法を用いることで道管の細胞の中で特定のタンパク質はたらきを詳細に調べることができるようになりました。その結果、細胞骨格の制御タンパク質や低分子量Gタンパク質といった、様々なタンパク質のはたらきで微小管の並びが制御されていることが明らかになってきました。
道管に分化したシロイヌナズナ培養細胞。赤いシグナルは二次細胞壁。
原著論文/Original article
Oda et al. 2010 Current Biology
プロトコール/Protocol
Oda 2017 Methods in Molecular Biology
微小管を排除する機構 道管に分化する培養細胞の微小管を観察していると、局所的に微小管が壊れやすいスポットがいくつも現れ、その領域が壁孔となることが分かりました。これはスポットの領域で活性化した低分子量Gタンパク質ROP (GTP-ROP) がMIDD1を介して微小管脱重合活性を持つKinesin-13Aをリクルートすることで引き起こされていることが明らかとなりました。
自己組織化による細胞膜ドメインの形成 ROPのスポット状の活性化はどのようにして起こるのでしょうか?私たちはこの現象が反応拡散モデル、すなわち拡散速度の異なる物質の相互作用による自発的なパターン形成で説明できるのではないかと考え、ROPとその活性化因子GEF、不活性化因子GAPの振る舞いを数理モデルで解析ました。その結果、ROPが自律的にスポットを作り出し得ることが分かりました。さらにGEFとGAP、ROPを同時に発現させるだけで人為的にスポットを再構成することに成功しました。これらの知見から私たちは活性型ROPのスポットが自己組織化し、それが壁孔のパターンになるのではないかと考えています。
原著論文/Original article
Nagashima et al. 2018 Scientific Reports (解説・Highlight)
Oda and Fukuda 2012 Science
プロトコール/Protocol
Oda et al 2018 Methods in Molecular Biology
細胞膜ドメインの形を調節する ROPが活性化したスポットの領域の外ではIQD13が微小管と細胞膜に相互作用し、活性化したROPの細胞膜上の拡散を制限していることが分かってきました。一方、私たちがCORD1と名付けた新規のタンパク質は表層微小管を細胞膜から遊離させることでその制限を弱めています。IQD13とCORD1のバランスによりROPスポットの形状が決まりそれにより壁孔の形も決まると考えられます。
壁孔の縁に特異的な細胞壁肥厚の促進 私たちは壁孔の縁で特異的に細胞壁の沈着を促進する新規のシグナル経路を同定しました。この経路はROP と相互作用するBDR1がWALを壁孔の縁にリクルートし、WALがアクチン繊維の集合を促進することにより細胞壁の沈着を促進します。この研究により、壁孔では微小管を壊すROP-MIDD1経路に加え、細胞壁の沈着を促進するシグナル経路が近接してはたらいていることが明らかとなりました。
細胞壁成分の輸送 私たちが同定したタンパク質VETHは表層微小管上に局在する小胞様の構造に局在し、 エキソサイトーシスを微小管にターゲットする作用をもっていることが示唆されました。 エキソサイトーシスは正常な細胞壁パターンに必要なことから、 このVETHの経路は微小管に沿った細胞壁の形成に寄与していると考えられています。
細胞質分裂を加速させる仕組み 植物は根や茎の先端などで細胞分裂を繰り返すことにより成長します。植物は動物とは異なる独自の細胞分裂の様式を進化させてきました。動物細胞がくびれて細胞質を切り離すのに対し、植物細胞は細胞板で細胞質を仕切って分裂します。細胞板の形成はフラグモプラストと呼ばれる装置が誘導します。フラグモプラストは短い微小管が向かい合って並んだ装置で、細胞板の成分を含む小胞を細胞板辺縁に輸送し細胞板を拡大させます。
私たちはフラグモプラストに含まれる新たなタンパク質「CORD4」を同定しました。CORD4はフラグモプラストの微小管の端に集積し、微小管を切断する活性をもつタンパク質「カタニン」を利用して、フラグモプラストの微小管の長さと向きを調節していました。この働きにより細胞板が早く形成され、植物の成長も早められていることが分かりました。
カタニンは動物にも植物にも存在するタンパク質ですが、CORD4は植物のみが持つタンパク質です。植物は進化の過程でCORD4を獲得したことにより、カタニンを利用して細胞分裂を早める独特の仕組みを発達させたと考えられます。私たちはCORD4のはたらきをさらに詳しく調べることにより、植物の細胞分裂の仕組みとその進化の過程に迫ろうとしています。
Sasaki et al. 2019 Current Biology [解説・Highlight]
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